ツ→タス・タルと同様の例をあげましょう。サスとサルです。
サスは「指す・射す・刺す・挿す」など様々に書き分けられますが、それはわれわれが場面に応じて漢字を使い分けているにすぎず、本質的に「線条に進む動き」を表します。
一方、サルは、今日では「去る」で帰って行くことにしか用いませんが、古くは「来る」ことも言いました。「春されば」といえば「春になると」という意味だったのです。すなわち、
サス…線条に進む
サル…時間的・空間的に進む。「来る」または「帰る」意。
となるのです。
つまり、サルにしてもサスにしてもイメージとしていえば「矢印をつけた直線」で表される概念なのです。
次のように考えられます。ススム(進む)のように同音の続く語は、タタク・ヒビクなどと同様、オノマトペ(擬音語擬声語)的色合いの強い語です。ススムという意のスは、「スーッと動く」「線条に動く」ということを表す音だった。だからこのスを元に
スグ(直ぐ・過ぐ)
スキ(タスキのスキ。タは手、スキは帯)
ススム(進む)
などの語ができる。そして、この「ス」に動詞語尾ル・スを付けるに際し、「動詞語幹をa形に変える」という操作が行われて
┌サス
ス ┤
└サル
というようにコトバが形成されたと考えられるのです。
古代語で「ス」といえば、スルのス(為)しかありません。ス(為)は「物事を進める」意ですが、本来は広く「進む」意だったものが、特定の意味だけが残ったものと考えられるのです。
(次へ)
[1]単純な語から多様な語が生み出される
[2]単純な語から多様な語が生み出される―2
[3]ヤマトコトバは膠着語である
[4]ヤマトコトバは膠着語である(例)
[5]膠着語尾を取って始原形を推定する
[6]トル・テ (取る・手)
[7]すーっ(と動く)の「ス」
[8]日本語生成原理―母音変化を伴う膠着を繰り返す