日本語の論点

数詞(ヒ・フ・ミ)の起源

123r

1.数詞が系統論の中で議論されてきた

言語の系統論にはしばしば数詞が引き合いに出される

 数詞は、身体名や天体名などと共に、年代を経ても変化しにくく、民族の言語の中で長く受け継がれると考えられている。そのため、言語の系統を論じる際に、しばしば引き合いに出される。
インドのサンスクリットとラテン語とは、何千年か前には同一の祖語にさかのぼるという。また、スペイン語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、ルーマニア語などは、ラテン語から1500年ないし1600年前に分かれたことが知られている。今、下表でみるように英語、ラテン語、サンスクリットの数詞を比較すると、3や7は非常によく似ている。
英語   サンスクリット   フランス語   スペイン語
3 …    three    tri tres         trois       tres
10 …    ten      decem          dix        diez
英語の two 、ten の t は、ラテン語、サンスクリットの d に対応することが知られている。
このような対応は、法則的・規則的であり、「音韻対応の法則」とよばれる。
もう一つ、興味深い例をあげよう。上に示すのは、ハワイ島、イースター島、マダガスカル(マラガシ語)で使われている数詞の一部である。
イースター島とアフリカのマダガスカルの間は、およそ二万キロ。地球の裏側にまで届く距離である。この間に、アウストロネシア語族といわれる同系の言語が広がっている。
この言語の担い手は、三千年以上前に、インドシナ半島から海に乗り出したと推測されている。現在では、800~1000の言語に分かれているが、やはり数詞に祖形をとどめているのである。
ハワイ島  イースター島  マダガスカル
2 …   lua       rua        roa
5 …   lima      rima       dimy
7 …   hiku      hitu        fito

いろいろな民族はどう数を数えているか

《身体や指を使う数表現》
レヴィ・ブリュルは、「未開社会の思惟」において、未開人がどのように数を表すかを紹介している。例えば、ニュー・ギニアでは、身体の部位を用いて数を表す部族がある。
1 monou 左手の小指    2 reere 次の指     3 kaupu   中指  
4 moreere 人差し指     5 aira    親指     6 ankora 手首   
7 mirika mako 手首と肘の間  8 na 肘   9 ara 肩   10 ano 首 
11 ame 左の乳    12 unkari 胸     13 amenckai 右の乳    14 ano 首の右側
10と14の両方ともanoだが、一定の順番をたどっていくので混乱は起こらないのだという。これは数の記憶の便法と思われ、まだ独立した数詞とは言い難い段階である。しかし、こうした数え方も、かなり古い起源をもつようで、オーストラリアのトレス海峡で発見された遺跡から、同様の方法で三十三まで数えている人物の絵が見つかっている。

《エスキモーの言葉》
数を数えるのに、身体のいろいろな部位が使われるが、とりわけ「指」が使われることが多い。エスキモー語もそういう言語のひとつである。グリーンランド・エスキモーは次のような数え方をするという。
軽く握った手を前に出して、左手はたなごころを下に、右手は上に向ける。左手の小指から親指の方に一本ずつ開いていきながら、1から5までを数える。つぎに右手に移って、同じく小指から順に、6から10まで開いていく。今度は足に移り、左から右へと足の指を手の指で実際に触れるか、それができなければ、その方をさしたり指で押さえるなどして11から20へとすすんでいく。手足の指の総数である20が、数詞幹としては最高の数になる。
1から10までの語幹には、それぞれ次のような意味がある。
1: attauciq 「一体である」の意。
2: maljuk  「後続する」の意。1に後続する数を表す。
3: piyayun 「丘」「円丘」の意で中指の突出を表す。
4:cetaman    
5:taliman  「腕」の意で片方の腕が数え終わったことを表す。
7、8、9などは、5や10に加算、減算するものとして表す。
6: ayvinlejen 「移る」の意。数える手が移ること。
7:malyunleyen 「5+2」の意。
8:piyayunlaren 「5+3」の意。
9:qulunjitajan 「10-1」の意。
10:qulan 「上部」の意。上半身の手の指を数えつくしたことを表す。

13 「 10 +3」 と表す。

20:yuinaq 「一人の人間全部」の意。
20は、手足の指全部を数え終わったことを表す。これよりも大きな数は、二十進法的かつ加数法的に組み合わせることによって表現する。例えば、
55= 20×2+10+5
のようになる。
このような二十進法は、ヨーロッパではケルト語、バスク語や部分的にはフランス語などにも認められ、いずれも手足の指を用いて数えたことに起源があると考えられている。

《アイヌ語の場合》
アイヌ語の数詞も、手を用いて数えることによってつくられたようだ。知里真志保は、アイヌ語の数詞を次のように説明する。
1 :shine シネ     「本」「真」「自身」の意味。
shi-mon-pet(親指)に関係があるかもしれない。
2: tu   ツ (不明)
3: re   レ (不明)re-mon-pet(中指)に関係するかもしれない
4: ine   イネ inne(多くの)
5: ashikne   アシクネ ashke(手)
6から10までは、次の通り。
6: iwan   イワン    「10-4」の意。
7: arwan   アルワン 「10-3」の意。
8: tupesan   ツプサン 「10-2」の意。
9: shinepesan  シネプサン 「10-1」の意。
10: wan ワン u-an(両方ある)で、両手の指数の意。
11から19までは、「10といくつ」のような表現をとる。また、20を hotne といい、hot は、「一揃い」を意味する名詞で、人間一人分の指数全体を意味する。
20以上の数は、
wan-e-re-hotne (10があれば3つの20)  20×3-10 = 50
のように表す。
アイヌ語とエスキモー語との数表現には似た面がある。地理的にもそう遠くないから、何らかの影響関係があるかもしれない。

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目次:

1.数詞が系統論の中で議論されてきた
2.数詞についての白鳥庫吉説
3.ヒ・フ・ミは何を数えたか

日本語の起源