『日本語の誕生』(安本美典・本多正久著 大修館書店 1978年)から安本美典氏の日本語成立論を要約する。安本は計量的比較から、安本は日本語と東南アジアの語との間に統計的に有意な関係があるとする。またそのデータから独自の日本語成立論を展開している。
安本美典氏の方法は、言語の近親性を統計学的手法によって測ろうとするものである。それはいわば「語頭音検討法」とでもよぶべきもので、二つの言語で同一の意味をもつ単語の語頭にくる音が一致ないし近似していれば「両者は類縁関係にある」と考える。偶然によって語頭音が一致することが起こる可能性を計算し、事実がそれをどれだけ超えているかということを確率的に計算する。
実際には、スワディシュの基礎語彙(100語・200語)を基にする。各国語ごとに基礎語一覧表を作り、それぞれの単語の頭にくる子音(母音で始まる単語の場合は第一子音)がどれだけ一致するかを調べる。ただし、f・h・p・b・Vなどの音は互いに転脱し易いし、t・d・s・zなども相互に移り変わるのでそれぞれ一まとめにして同音として扱う。また、k・g・qなども一グループと見倣し、rとlとは区別しないことにしてある。
子音の種類が仮に五種だけであるとすれば、100語のうち20語くらいは二つの国語の間で一致しても不思議はない。しかし、それが半数近くにも及べば「も早この二国語はその昔は同じ祖先から分かれて出来たものであろう」と考えられる。語頭子音の一致の割合が偶然によっては生じない確率を問題とするわけである。
(1)日本語・朝鮮語・アイヌ語
上古日本語・首里方言・中期朝鮮語・アイヌ語幌別方言との間を「シフト検定法」によって比較したデータが次の(表1)である。
次のようなことが分かる。
①「上代日本語と日本語の首里(沖縄)方言」とはかなり近い関係にある。
②「上代日本語」と「中期朝鮮語」、「中期朝鮮語」と「アイヌ語幌別方言」との間には、偶然とはいえない一致が認められる。ただし、同系であるとしても分裂から6、7千年はたっていると考えられる。
③「上古日本語」と「アイヌ語幌別方言」との間の一致は、偶然でもおきうる程度のものである。
④「上古日本語」「中期朝鮮語」「アイヌ語幌別方言」の3つの、「シフト検定法」による比較では、「中期朝鮮語」と「アイヌ語幌別方言」との一致がもっとも大きく、「上古日本語」と「中期朝鮮語」との一致がそれにつぎ、「上古日本語」と「アイヌ語幌別方言」との一致がもっとも小さかった。
(2)日本語と諸言語
基礎200語、基礎100語において、偶然以上の一致がみとめられたのは、(表2)のような言語である。(表2)は、一致が偶然によってえられる確率の小さい順にならべた。この表から次のようなことがわかる。
①この表の中に、いわゆるウラル諸言語、アルタイ諸言語に属するものは、わずか一言語しかふくまれていない(基礎100語、5%水準でモンゴル語)。語順などの、文法的な近似にもかかわらず、ウラル諸言語、アルタイ諸言語は、語彙的には、上古日本語と遠い。そして、全体的にみて、語彙的には南方的な言語との親近性が強いと判断される。
②インドネシア語、カンボジア語などぱ、基礎200語においても、基礎100語においても、中期朝鮮語よりも、強い一致度を示す。
(表2)「上古日本語」と有意の一致が見られるもの(「日本語の誕生」p.176-177)
(基礎100語)
上古日本語、東京方言、首里方言、中期朝鮮語、アイヌ語幌別方言、インドネシア語、台湾原住民の言語、北京方言の八つをとりあげ、基礎200語の場合の語彙の重なり具合を図示すれば、次の(図3)のようになる。
(「日本語の誕生」p.185)