中国語ー音的起源

3.古中国語の音と意味

漢字の頭子音は擬態語的な意味を持つ

藤堂明保の単語家族233パターンを頭子音別に整理すると、頭子音ごとの意味を取り出すことができる。基本的には次の表のようになるが、細かく分岐する。

(藤堂氏自身がこれを主張しているわけではない)

 n  ネバネバ、ねっとり。ぬくぬく。
 p  ペタンと平らである。ポキポキ折る。ポクッと弾ける。
 s  小さい(日本語のササやか、ササやくのササに相当)
 ng  ガヤガヤ、ゴリゴリ。ゴツン。
 m  覆われている。中がよく見えない。まさぐる。
 l  流線条である。ローローと続く。澄んでいる。
 ts  窄まる。窄まり縮む。(窄まるように一処に)集まる。
 t  タタク。突く。突き進む。突き出る。着く。
 k  くるむ。くるんでいる殻。クルっと曲がる。凹む。

本論1ページに示した「頭子音別分類表」に従って解説する。①、②の番号は表中の分類。

1音1義で日本語のオノマトペに近いもの

[N]
①日本語でもn音は「ねっとり・ネバネバ」など粘着性のあるもの、柔らかいを表すが、中国音でも全く同じである。
②「中に割り込む・入れ込む」をn音で表す理由は不明。日本語の擬態語の感覚にはない。ナカ(中)という語はたまたまn音ではあるが。
③「もえる」をn音で表す理由も不明。
[P]
①日本語のペタンには「平ら」なものを表すイメージがあるが、中国語でも同様である。また「ペタと張り付く」に相当する語もある。
②折る・割るの擬態語ポキポキに相当する語である。
③ポッと弾けるに相当する擬態語である。
④白=パク、父・夫=プ、これらをp音で表しているが、その理由は不明。
[S]
①日本語で「ささやく」「ささやか」のように、「ササ=小さい」意を表すが、中国語のs音も同様である。
②士=シ、生=ショウ、これらをs音で表す理由は不明。「生」が「芽吹く」意の可能性はある。
[NG]
①NGというのは?音である。日本語の「ゴツン、ゴツゴツ」に相当する。「162切り取る」は「161かどばっている」に近い語と藤堂は説明している。
[M]
①ここでM音が表しているのは、「覆いを被せてものを見えなくしている状態」である。日本語の擬態語ではM音をこのような意味で使うことはないが、あえていえば「探り求める(118)」は「まさぐる」であろうか。
②M音が「子を生む、うませる(31)」意を持つのはややわかりにくいが、「母体の覆い」から出るということだろうか。日本語の「ムス」が連想される。
[L]
L音は線条のもの、線をなして流れるように動くものを表す。ローローと(朗々と)、リューリュー(細工は流々)は漢語だが、そのL音であり、日本人にも了解しやすいだろう。
①線状のもの、筋状のものを表す。日本語では、スーと伸びる、ズーッと続くなどS音が用いられるところである。「148切れめ、はげしい刺激を与える」は「裂=亀裂の線が入る」である。「150もつれる」は線条のものの状態である。
②「澄んできれいな」「透明な」も日本語なら「スッーと」と表現するところである。
③「41固く囲む、丸く固まる」は他と異質であるが、藤堂氏はklug(せむし)と同系である可能性を示唆しながら、「なるべく複子音を認めない方針」としてL音としている。しかし、後に述べるようにk音は「カーブ」を表すからklとみた方が了解しやすい。

1音1義だが、意味が分化しているもの

[TS]
TS音は、意味の分類が七項目ある。最初の四項目は、①窄む・縮む、②小さい、③ギザギザ、④集まるとなっているが、これは一連のものである。つまり、
花が窄む→ 縮み小さくなる(②小さい)
花が窄む→ 縮んで皺になる(③ギザギザ)
花が窄む→ 花弁が花心により集まる(④集まる)
この展開方法は日本語と同じであり、S音が「窄む」、「少ない・サシ(狭)・セマシ」、「スダク(集く)、サハ(多)」等の語を作る。(当HPで『大和言葉の作り方』の「サ行」の項を公開している)
⑤揃えるは、「集める」動作の一形態である。藤堂は「全(157)」は△(集める)と工(または玉)の会意文字だと説明している。
⑥「澄み切っている」「速く進む」は、日本語の「スーっと動く」に相当する。『大和言葉の作り方』でも、S音は「吸う・窄む」系と「進む」系の二つあることを示している。
⑦「62表面をかすめる」について藤堂は「60小さい・削る=削SOG」と大差ないと説明している。音韻の後代的な変化もしくはTSOGという復元に問題があるのではないか。
[T]
①日本語のタタク、英語のtap、中国語の「打」「当」のように、t音が「タタク・当たる」意に用いられるということはオノマトペとして理解できよう。「179ずっしり、下ぶくれ」は文字面だけを見ると了解しにくいかもしれないが、藤堂は右のような図を書いている。
②「平ら」「平らに伸ばした」を表す。日本語でいえば「ペタンとしている」である。「たたいて伸ばした」ものである。③止まる、④突き通るは、日本語の「ツク」が参考になる。「ツ(突)=突き通る」であり、「ツ(着)=止まる」である。この点も日本語と類似点があり『大和言葉の作り方』のタ行の項を参照されたい。
⑤この項目は意味が雑多で説明がつかない。「86上、高い、大きい」は日本語の「タカシ」が連想される。「61削り取る」「3道具で人工を加える」は「タタク」の類であろうか。
「9代」の旁はクイだと言い、それであれば「打つ」と繋がるが、「互い違い」の意とは結びつきにくい。
[K]
K音は、日本語の「クルクル」を思い浮かべるとよい。クルクルは「クルム」のように周りを囲むものを表したり、外側をくるんでいる「殻」を表す語を作る。またクルクルは曲線を表すが、実際中国語でも「カーブ」を意味するし、また凹型にカーブしているのが、クボムである。
中国語のK音と日本語のK音はよく似ているので、まず日本語のK音の造語を示しておく。
クルクル巻く→クルム・コロモ・カコフ(囲)・カコム(カコム)・カラ(殻)
クルクル回す→カク(掻)・コグ(漕)・カフ(交)
クボム(凹)→クル(暮)・クツ(朽)・クダル(下)
では、中国語の分類に従ってすすめる。
①囲う…四角に囲う(19四角)、丸く囲う(188丸い)、あるいはワクを意味する。また「163ふさぎとめる」のような語にもなる。「186根=じっと止まる」は藤堂氏の「ここまでと人を止めてそれ以遠には人をいかせぬ境目を限という」によったが、多少疑問がある。
②殻をなす…くるんでいるものが「殻」であり、それは概ね内部を保護する固い殻であるから、「101固=固い、まっすぐ」「103強・境=かっちりと固い、くっきり区切る」のような意味の語になる。日本語の「固い」「渇く」がK音なのは、じつは説明がつきにくいのであるが、不思議に中国語と一致している。
③カーブする…カギ型や曲線で曲がる、中国語ではいずれを表す場合もある。クルムように曲がる。
④凹む…カギ型にえぐりとられた状態、凹んだ状態、穴などを表す。「169水を勢いよく流す」は「170つきぬける」の同類として扱ったがやや疑問がある。
⑥間(等間隔)はK音がこの意味を持つ理由不明である。
⑦高い・広がる…次のH音に類似の意味がある。本来H音ではないだろうか。次の両語は欧米語について議論されているgl音が想起される。
108[KUANG]光・黄(四方に広がる光)
109[HUANG]王・皇・往・兄・永・広・横(大きく広がる)
[D]
D音のうち「119薄く平らに伸びている」は「T②ペタン」と同じである。「7もう一つ別の」は不明。
[PL・ML・KL]
PLはプルプルという擬態語と解される。MLはM音の「かぶせる」に関係があろう。KLはNGのゴツゴツに関係づけられる。

日本語との比較

 古中国語と日本語との類似にふれてきたが、日本語と中国語では、子音の種類・数にも違いがあり、また、類似性が必ずしも起源の同一性を意味するわけではない。ただ、TS(S)、T、K音においては、たんなるオノマトペの類似にとどまらず、意味の展開の仕方に著しい類似性がある。『大和言葉の作り方』の該当ページを別にPDFで載せているので、参照してもらいたい。


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日本語の起源